熱海というブランド

熱海というブランド

私は、熱海市で生まれ、熱海で育ち、熱海で学んだ。

子供の頃の熱海は、まだ観光地として勢いが残っていた時代だったと思う。
熱海でF1開催なんて話も聞いた記憶がある。
また、ハワイのアラモアナショッピングセンターで、別荘族の間から
熱海のヤオハンの話題が出る――そんな時代もあった。

だが、その後バブル崩壊、平成不況。
街の景色はかなり変わっていった。

老舗旅館、大型ホテルが閉まっていく。
正面玄関をコンパネで塞いでいる建物も珍しくなかった。

しばらくすると解体が始まる。
「ああ壊すのか」と思って見ていると、今度は大きなマンションが建ち始める。
リゾートマンションの再来だった。

2000年前後だっただろうか。
再び供給が増え始め、私もモデルルームを見に行かせてもらった記憶がある。

なんというか、色使いが暖かくなった印象が残っている。

バブル時代のリゾート開発は、どちらかというと開発競争。
山の上まで開発していた時代だった。

ただ、2000年前後のマンションは少し違った。
ホテル跡地の再開発が多いので立地もよかった。
しかも駐車場をちゃんと確保している。

さらに、湯河原町駅前でもリゾートマンションが建ち始めた。

この頃からだろうか。
「遊びに来るリゾート」ではなく、
「住めるリゾート」という考え方が少しずつ出てきたように感じる。

狭いだけの部屋は減り、生活を意識した間取りも増えていった。

住める箱モノが増えれば、そのまま定住する人も増えるのだろうと思っていた。
ただ実際には、本宅は首都圏に置いたままというケースが多かった印象がある。

熱海の別荘等所有税は、その実態を示す一つのエビデンスだったのかもしれない。
制度自体が、「本宅は別にある」という時代を映していたようにも思う。

振り返ってみると、熱海という街は、時代ごとに役割を変えてきた。

団体旅行の時代。
別荘の時代。
リゾートマンションの時代。

だからこそ、熱海というブランドは単なる観光地ではない。
時代ごとの人の価値観を映し続けてきた街なのだと思う。

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